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バーボンウイスキー雑学~バーボンウイスキーにまつわる歴史や風土、エピソードなど ~

バーボンの基礎知識

バーボンの語源

バーボンウイスキーは、ケンタッキー州バーボン郡でつくられたことからこの名が付けられている。この地はフランスからの入植者が多く、ブルボン王家を懐かしんで「Bourbon」という地名が付けられた。バーボン郡の境界は後に変更され、現在のバーボン郡はかつての場所とはまったく違い、もはやアルコール飲料をつくっていない。

バーボンウイスキーの定義

ケンタッキー州を中心とするアメリカ中西部で造られるウイスキーを「バーボン」という。
米国連邦アルコール法には次のように定めている。
米国内で製造され、原料となる穀物の51%~80%未満がトウモロコシであること。
そして160プルーフ(アルコール度数80%)以下で蒸留する。
ホワイトオークの内側を焦がした新樽で熟成させ、(2年以上熟成させたものは名前に「ストレート」と冠することが許される)水以外を加えてはならず、着色料や香料の添加も一切禁止されている。

アメリカンウイスキーの分類

アメリカンウイスキーは、原料の穀物により大別されている。バーボンウイスキー、ライウイスキー、モルトウイスキー、ホイートウイスキー、コーンウイスキー、ライモルトウイスキーの6種類。

バーボンの製法

バーボンはホワイト・オーク樽で熟成させる

内側を焦がしたホワイト・オーク樽で熟成させると、バーボン独特の赤味をおびた色が生まれる。ホワイト・オーク樽の内側を焦がすことで黒色に変化し、その成分が熟成中に浸出する。

サワーマッシュによるバーボンの製造法

バーボンの製造工程で一番の特色とされるのが、サワーマッシュ製法。発酵させる際に少量の酵母とモロミ蒸留残液を全体の30%程度加える製法で、発酵がゆっくり時間をかけて進行し、香り高い発酵液が得られる。バーボンの大多数がこの方法で造られている。

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バーボンの故郷

ケンタッキーの誇り

アメリカの誇りであり、喜びであるバーボン。それはフロンティアの地、ケンタッキーで生まれた。伝説の人物が生まれ、忘れられない美酒が誕生した。街ではどのディスティラリーが、最上のバーボンメーカーであるかを競い合っていた。最高のバーボンが、最高の名誉であることは今も昔も変わっていない。ケンタッキーでは、バーボン造りの誇りに支えられ、その伝統が今も頑なに守られている。

ケンタッキーの風土

そびえ立つアパラチア山脈、ブルーグラスの広大な草原、オハイオ川の豊かな流れ。18世紀後半~19世紀、木材とトウモロコシと清冽な水しかなかったケンタッキーは、その自然の恵みを活かしたバーボンで経済的な基盤を築いた。

開拓者とバーボンづくり

1750年、フロンティアに夢を託しこの地を目指した開拓者たちの多くはイギリス系の移民だった。その後フランス系の移民者がひきつぎ、1775年から再びスコットランド系やアイルランド系の農民が定住し奥地を開拓していった。そして1792年、ケンタッキーは15番目の州になった。
開拓者たちの新しい人生の地、ケンタッキー。そこでは自ら道を切り開き、丸太小屋に住み、教会を建て、学校を開き、街をつくり出した。そして男たちの安らぎの酒場サルーンが賑わいをみせていた。

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バーボンの生活と文化

バーボンはケンタッキーを潤し、生活を豊かにした。娯楽が生まれ、文化となっていった。カウボーイハットにブーツ。バンジョーを弾き、スチールギターを奏で、男たちが歌ったブルーグラスミュージック。バーボンを飲むといつもブルーグラスだった。そして馬を愛する人々はケンタッキーダービーを生んだ。

バーボンで得た利益

小麦や大麦はアメリカの大地と相性が悪く、入植当初の農民にはどうにか実を結んだライ麦と土着のトウモロコシだけが残された。作物を売る市場はアパラチア山脈を東へ越えた場所。馬で運ぶには過酷だった。そこで農民たちはウイスキー造りのノウハウを活かした。初期は余ったライ麦を蒸留しただけだったが、トウモロコシを加えることで格段にまろやかさが増すことに気付き、馬一頭で運ぶ量は倍になり利益を手にできることを知った。

バーボンづくりに最適な環境

バーボンがケンタッキー州で生まれ、多くのディスティラリーが集まっているわけは、この地域がバーボン製造に必要な物資を手に入れやすいためである。第一に、主原料のトウモロコシの栽培地帯であること。世界の半分の産出量を誇るアメリカのコーンベルトにケンタッキー州は含まれている。第二に、水質がウイスキーづくりに適していること。ケンタッキー州はいたる所にライムストーンと呼ばれる石灰岩が露出し、この岩層で濾過された良質の清水が湧き出ている。第三に、オークの新樽の材料が大量に入手できること。ケンタッキー州の南、テネシー州メンフィスを始め近隣地帯にはオークの森林が多い。

ケンタッキーダービー

三歳馬によるケンタッキーダービーは、イギリス、フランスのダービーとともに世界三大ダービーの一つとして数えられている。1875年から、毎年5月の第一土曜日にルイヴィルのチャーチルダウンズ競馬場で開催。スタンドチケットを入手するため、人々は何カ月も前から奔走する。そしてバーボンから作るカクテル「ミントジュレップ」を飲みながらレースを楽しむ。

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バーボン事情通

バーボンと酒税法制定の関係

1791年に、アメリカ連邦議会でスピリッツに対し税を課するという酒税法案が採決。この酒税法を逃れるためにウイスキー製造業者は、未開拓で政府の影響が及ばない、中西部のケンタッキー州に移ってウイスキー製造を始めた。これが今日のバーボン製造に到っている。

18世紀まで主流であったライウイスキー

イギリスの植民者が持ち込んだウイスキー製造技術が、今日のバーボンウイスキー製造につながっている。イギリス系開拓農民は、ペンシルバニア州、メリーランド州、バージニア州などに入植し、小麦・ライ麦・大麦・トウモロコシなどの穀物を栽培した。寒さに強く、不良土壌・酸性土壌でも発芽するライ麦の栽培が最も安定し、豊作時の余りをアルコール原料として蒸留。当時はこのライウイスキーが主流だった。ペンシルバニア州周辺では、18世紀後半にはライウイスキーのディスティラリーが5000ほどあったといわれる。

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