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100年の歴史・伝統

宝焼酎の歴史

私たちの焼酎づくりの起源は、江戸時代末期の1864年頃。
京都・伏見で酒粕を原料とする粕取焼酎の製造に始まります。

時は移り、明治の終わりになると、連続式蒸留機で蒸留したアルコールに加水し、粕取焼酎をブレンドした焼酎「新式焼酎」が開発されました。
クセのない軽快な口当たり、まろやかな芳香は、それまでの焼酎の味わいとは全く異なり、「ハイカラ焼酎」と称され、人気は日増しに高まっていきました。

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そして、大正元年(1912年)、その新式焼酎の関東での販売権を獲得し、「寶」の名を冠して販売したのが「宝焼酎」の始まりです。
新式焼酎「寶焼酎」は、たちまち市場を席巻し、私たちは名だたる焼酎メーカーへの第一歩を踏み出しました。 大正5年(1916年)には、新式焼酎開発の功労者である大宮庫吉を招聘(しょうへい)し、自社製造による新式焼酎「寶焼酎」を誕生させました。

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「寶焼酎」は東京を中心に爆発的な売れ行きを見せました。
また、これまでは酒屋で、はかり売りをしていた焼酎を初めて壜入りにして発売したのもこの頃です。
壜詰め焼酎は、衛生的で中身も安心なこともあり、目新しさを好む人々の間で人気を博し、「寶焼酎」の名声は、ますます高まりました。

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時代は昭和、戦後復興期。物質や食料不足が続く中、人々の疲れを癒し、人気を集めたのは焼酎でした。
酒類の自由販売が開始されると、庶民のお酒であった焼酎の需要は急増します。
しかし、焼酎市場の伸びとは裏腹に、闇市では粗悪な密造酒が売られ、焼酎のイメージは低下しました。

私たちは、焼酎復権を目指し、さらなる品質向上とイメージアップに取り組みました。

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以来、私たちは、高品質焼酎の開発に邁進し、たどり着いたのが、焼酎の味わいに広がりをもたらす樽貯蔵熟成酒の製造とそのブレンド技術でした。
そして、その技術を駆使し、宝焼酎「純」など様々な味わいを持った商品を世に輩出してきました。

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宝焼酎「純」の発売から間もない昭和55年(1980年)頃、いわゆるニュー居酒屋の台頭にあわせ、チューハイという飲み方が爆発的なブームとなります。
焼酎の暗い時代のイメージを知らない世代には焼酎が新鮮で飲みやすく、いろいろな楽しみ方のできる酒として熱狂的に支持され、ついに焼酎がウイスキーの消費量を逆転しました。
人々のコミュニティーの中で愛される焼酎の飲酒文化はその後も受け継がれ、今なお広がりをみせています。

「極上<宝焼酎>」を発売。
これまでの品質追求の中で蓄積した技術を集結し、甲類焼酎ならではのすっきりとした味わいでありながら、ほんのり甘い香りと、まろやかな口当たりを実現しました。
今までにない贅沢な気分が味わえる甲類焼酎として、多くのお客様にご愛飲いただいております。

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