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松竹梅について

最高級酒“松竹梅” 昭和のはじめ最高級酒とよばれた清酒“松竹梅”の歴史

大正九年  松竹梅 誕生

宝酒造(株)と清酒の結びつきは遠く江戸時代(十八世紀後半)にまで遡りますが、ここではようやく微生物学や発酵学を応用した近代的な醸造技術が導入され、よい酒を安定して造ることが可能になり始めた昭和初期以降についてお話ししたいと思います。

酒銘に“清酒之精華松竹梅”と名づけたのは大正九年のことで、当時は濃醇酒として珍重され盃に盛り上がるトロリとした喉越しと陶然とした爽やかな酔いが評判でした。

昭和七年  最高級種 松竹梅

そして昭和七年にこの濃醇清酒を飲用適度な最高級酒にあらためて二リットル:五円で発売致しました。当時は並みの清酒で一升(1.8リットル)一円三十銭、灘の上物でも二円五十銭で帝大出の初任給が七五円、米一俵十円、映画五十銭、たばこ(十本入り)十銭、コーヒー一杯五銭、タクシーが「円タク」と呼ばれて東京市内どこまで走っても一円だった時代です。

そんな破格な価格であるにもかかわらず松竹梅は売れに売れました。二リットル壜二本を桐箱に入れ、最高の贈答品として一箱十円で百貨店から売り出されると中元・歳暮用として大変な評判を呼んで売れたといいます。お客様の中には他の清酒を贈り物にすると「何んやこんな安ものか、松竹梅でもよこせばいいのに」といった声も聞かれたそうです。

昭和八年  「松竹梅の酒蔵」

それほど売れたというのも、松竹梅が「芳醇の風味亦斯界にその例を見ざる」とまで讃えられるほど他の酒を圧して馥郁たる香りを放ち、濃厚にして芳醇な旨さを誇っていたからであります。

そしてまた昭和八年に「松竹梅の酒蔵」と名づけて東京、大阪、京都、名古屋など全国主要都市数十カ所に新趣向の酒場を開設し大々的に宣伝を行ったところ、これがまた大いに受けたそうです。そして清酒酒場を「酒蔵」と呼ぶようになったのはこれが始まりで当時の新語にさえなりました。